小説「さよならも言えないうちに」第4話全公開(2)
「私だけが幸せになるわけにはいかない」と彼女が彼のプロポーズを受けられないワケは?(写真:Ushico/PIXTA)
「やり直せる? もう一度、あの日を?」
路子には婚約者がいた。
名を森祐介(もりゆうすけ)といい、同じ会社の同期で、知り合ってから三年になる。
この喫茶店で過去に戻れることを路子に教えたのは祐介だった。
路子も最初から信じていたわけではない。むしろ、「過去に戻れる」などというバカ話を持ちかけてくる祐介に怒りさえ覚えた。路子はその時、冗談はやめてと一蹴した。
だが、祐介はゆずらなかった。
祐介は、実際に過去に戻ったことのある、清川二美子(きよかわふみこ)という女性から話を聞いたのだという。清川二美子は、祐介が担当する取引先のシステムエンジニアだった。まだ二十代でありながら大きなプロジェクトを任されるその手腕は、同業者である路子の耳にも届いている。
「僕には清川さんが嘘をついているようには思えない。もちろん、路ちゃんのことは話してないし、清川さんが僕にそんなでたらめな話をするメリットもない。なんだか、めんどくさいルールがあるとかなんとか言ってたけど、本当に過去に戻れるっていうんなら、戻ってみたら?」
「でも」
「過去に戻って、やり直せばいいじゃないか。今度は追い返さずに、お父さんを東京に足止めすればいい。そうすれば……」
(やり直せる? もう一度、あの日を?)
その一言が路子の心を動かした。
路子は、父を追い返してしまった後悔から、思い出すたびに動悸(どうき)が激しくなるほどのトラウマを抱えて生きてきた。この喫茶店に入るのにも、どれほどの勇気をふりしぼったことか。
それなのに……。
「そんなに落ち込まないでよ。仕方ないでしょ? ルールなんだから」
高竹が路子の向かいに座って声をかけても、路子は突っ伏したまま、ピクリとも動かない。
「だめだこりゃ」
高竹は肩をすくめて、流に首を振ってみせた。
カランコロン
「いらっしゃいませ」
入ってきたのはカジュアルスーツに身を包む青年だった。
「お一人様ですか?」
流が声をかけると、青年は軽い会釈ののち、テーブルに突っ伏す路子のもとに歩みよる。
「路ちゃん」
青年が路子に声をかけると、路子は「あ!」と声を漏らし、顔をあげた。
「祐介君……」
この青年が路子に過去に戻ってみるようにすすめた森祐介である。
「外でずいぶん待ってたんだけど、戻ってこないから……」
「ご、ごめんなさい」
「いいよ」
6年前、父を亡くした娘が結婚に踏み切れない訳 - 東洋経済オンライン
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