13%が変われば世界は動いていく
守屋淳氏(以下、守屋):近代国家の誕生には、仮想敵や敵国が必要だといわれていて、日本の場合はロシアでした。だから『坂の上の雲』や『青天を衝け』のように、1つにまとまって、上を向いてみんなで進もうとなったんだと思います。
今はそうした大目標がありません。SDGs(持続可能な開発目標)がそうなればいいな、とも思うのですが、各論の段階になると、いろいろと難しいですね。
渋澤健氏(以下、渋澤):共通の敵があると目線を合わせやすいということを考えれば、今回の新型コロナウイルスは人類共通の脅威です。もちろん社会構成や国の対応の仕方によって、感染者数や死者数が大きく異なります。一方で、どの国であろうが、どんな肌の色であろうが、金持ちだろうが貧乏人だろうが、感染してしまうのは同じです。
感染症は自分一人だけが助かったとしても、みんなが感染し、社会が止まってしまうと、誰もが何もできなくなるということを実感したと思います。
守屋:栄一は『論語と算盤』の最後の部分で、「成功とか失敗は身に残された糟粕(そうはく)である」と言っています。例えばSDGsを心の底から本気で信じ、全部の目標は達成できなかったにせよ、一部の達成に貢献できたら、その姿こそ価値があると考える。そうでないと、結局は他人や自分の過去と比較をしたり、限られたパイの奪い合いになったりしかねません。本気でSDGsのような目標を達成しなければならないと思えた時、栄一の考え方は受け入れられやすくなると思います。
渋澤:守屋さんたちと2004年に「プロジェクト13%」という勉強会とイベントを立ち上げましたが、背景には12~13%の普及率によって新しい大きな動きが生じるといわれる、ティッピングポイントへの着眼があります。SDGsについてすべての人が賛成するまでには至っていませんが、13%になるレベルまでになれば、SDGsは当たり前の世の中になっているという期待があります。
守屋:栄一が最初会社を立ち上げた時も、きっと同じだったと思います。銀行なんて誰も知らないし、株式会社なんてよく分からないというところから始まり、5年、10年、耐えに耐えました。次第に成果が上がると、みんなが集まるようになって、ようやく近代的な実業界ができ上がっていきました。
「論語と算盤」の実践は難しいのか
守屋:「論語と算盤」のバランスをとるのは、とても難しいことだと思います。「論語」のほうを頑張ってやればやるほど、「算盤」だけでもうけようとする人間のつけ入る隙が広がる気もします。ここはどう考えたらいいのでしょうか。
渋澤:社会全体を考えてみた時、そういう人たちはごく一部です。ウイルスのようにどんどん広まってしまうと、社会としては問題ですが、一部に抑え込むことができていれば、社会全体としては問題ない。あくどい人をすべて社会からなくしましょうというのは、無理だと思います。
渋澤健(しぶさわ・けん)氏
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役
1961年生まれ。1987年UCLA大学でMBA取得。JPモルガン、ゴールドマン・サックス等を経て、米ヘッジファンド、ムーア・キャピタルの日本代表に就任。2001年に独立、シブサワ・アンド・カンパニー設立。2008年コモンズ投信を設立し、取締役会長に就任。経済同友会幹事、他。日本における資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一は、祖父の祖父にあたる。著書に『渋沢栄一100の訓言』『渋沢栄一100の金言』(日経ビジネス人文庫)ほか多数。
守屋:金融市場では高収益を上げている企業が評価され、少ししか収益を上げられない企業は評価されなかったりします。そうなると、あくどいことをやっても高収益を上げたほうが勝ち、というようにはなりませんか。
渋澤:短期ではそうかもしれませんが、長続きしないでしょう。『論語と算盤』は算盤を否定していないし、論語のために算盤を犠牲にしなさいとも書いていません。「中庸」を目指せと言っています。
守屋さんから教わったのですが、「中庸」というと、足して2で割った真ん中をイメージしますが、そうではないんですよね。
守屋:「中庸」とは、全体の中のほどよい「急所」を意味します。「急所」は常に変わっていくものです。今までは0と100の間の50が急所だったかもしれないが、ある時には、100のところが急所かもしれないし、0が急所になるかもしれない。
渋澤:僕の理解は、「中庸」とは必ずしも真ん中ではないが、ベストの場所に自分を置きなさいということです。それは、平面上に「論語」の軸、「算盤」の軸を置いて、同じ次元のどこかにベストの場所を探すのではなく、ピラミッドの頂点から見下ろすような3次元にベストのポジションがあると考える。
この記事はシリーズ「Books」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
150年前に栄一が提唱していた、「ステークホルダー資本主義」 - 日経ビジネスオンライン
Read More
前
No comments:
Post a Comment